時を超えて 守り伝える“想い”
(川上村朝拝式保存会 会長 中平繁和さん)

川上村で569年の時を超えてひっそり続けられている儀式がある。「御朝拝式」。南北朝の後の「後南朝」と呼ばれる時代、悲運の最期を遂げた自天王を偲び、自天王が即位された際の「朝賀大礼」に倣った形で厳かに執り行われる。今でこそ見学することができるようになったが、これまでは秘された儀式として村人たちに守られ、他言無用で続けられてきた。

出仕者のみなさんと
川上村朝拝式保存会の会長(総代長)を務める中平繁和さん。川上村高原(たかはら)で生まれ育ち、25歳頃より高原区の神仏を取り仕切る「十二人衆」の一員として御朝拝式に携わってきた。川上村役場職員として勤めながら、地域の行事ごとにも積極的に参加されてきたそうだ。根底にあるのは、先祖から受け継いだ自分たちの住む地域・村を想う気持ち。川上村朝拝式保存会が設立された年にも高原区の総代として関わっており、以降も理事などを歴任されている。世話好きで、引き受けたら何事にも一生懸命に取り組む性格から、いろいろなことを頼まれているご様子。
御朝拝式に向かう
長禄2年(1458年)最初の御朝拝式は御座磧にて執り行われたが、江戸時代、徳川家光の命により「七保」「四保」「六保」の3か所に分散して執り行うこととなった。その際に自天王の遺品も分けられ、中平さんの住む七保9カ村は「兜」を預かった。中平さんはじめ、保存会の方々にお話を伺うと、どれだけ時代が違っていても自分たちがまるで見てきたかのようにお話してくださるのが非常に興味深い。時代をも超えた想いが継承されているのを目の当たりにする瞬間だ。

自天親王神社へ参拝
七保の中でも持ち回りをしていた頃、高原区では福源寺にて儀式を行い、南帝王の森(注1)へとお参りし、直会を行っていたそうだ。儀式の中心に据えられていた兜。2025年夏、春日大社宝物殿でおこなわれた『究極の国宝 大鎧展』展示の調査で「保存状態が良く、ものすごいものであることが分かった」と興奮気味にお話してくださった。そこには、先人たちの想いを受け継ぎ、しっかりと守ってきたという誇りを感じた。

玉串奉献
秘められた歴史がひも解かれていく中で、新聞やテレビ取材も増えてきた。これまで語られていなかった、知り得なかった話も聞かれるようになってきている。中平さんは「取材を受けることで、自分たちも今まで聞いてきたこと以上に勉強しなくては。今現在ならではの課題もあり、簡素化が求められる行事だけど、時代によって変えていかなければならない部分もあるが、変えすぎてもいけない」とし、「自分たちには先人たちが守り伝えてきた村の伝統を伝えていく使命がある」と力強く語ってくださった。
注1:高原に逃げのびた自天王の弟・忠義王の陵墓参考地とされています。

宝物殿




